輪島での塗り物造りは仏教との関わりが非常に深く明治中期から昭和初期にかけて生産量の7割を朱色の器が占めます。
この背景には北陸には仏教徒が多く、また各宗派の本山が幾つもあり仏事とその後のお斎(仏事後の食事)が一体となり門徒拡充の布教活動へと繋がっていきます。朱色のお膳に四ツ椀、平椀、坪椀を置き、季節折々の食材を盛り付けておもてなしするのが一般的である。
能登の農村地ではほとんどの家に30人前は揃えてあり、仏事はもとより冠婚葬祭用として最も重要な家財道具として大切に扱われています。
この朱色の漆は顔料に鉱物が含まれており、鮮やかな朱色とは裏腹に、数日置くと乾かなくなる性質があり職人をいつの時代も悩ませてきました。
明治期に入り商業活動も盛んになり、各産地では増産強化体制を図るも朱漆の扱いが難しく、思うような量が生産できない中、輪島では海からの湿った風が山のふもとに安定した湿度をもたらし漆の乾燥に適した環境を生み出します。この類まれな条件を生かし非常に完成度の高い漆器の量産地として全国に知られるようになります。その後も美術的要素も加わり世界でも認められる美術漆器として完成されました。塗太郎ではこの漆器生産に適した風土の基、世代を超えて楽しめる漆器造りを続けたいと考えております。
また市場や文化、諸々の世界が生み出した価値ではなく自分の周りの大切な人達に喜んでもらえる物創りを追求いたします。
→ 塗太郎オンラインストアもご覧ください。